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2009/11/23 ドップラー50K昨日はブレマトンと言う場所で行われたトレイル大会に参加してきた。
例によって大会と言っても参加者15人の小さい企画だ。何人が50Kを走ったか分からないけど、20マイル(32キロ)のコースも用意されていたので、そちらを選択した参加者もいたと思う。
スタート地点は『Wildcat Trail Head』という場所で、家から二時間ほど掛かる。朝5時に出発して7時ちょっと前に着いた。着いたときには予報通りかなりの雨が降っていてどうなることかと思ったけどスタート時間の8時には雨はあがっていた。それにしてもかなり寒かったので買って早速使っているヒートテックの長袖シャツを更にもう一枚着込んでその上に半袖のシャツを着て、更にその上からウィンドブレーカーを着た。猟師に鹿と間違われて撃たれてしまわないようにオレンジ色のウィンドブレーカーを着る積もりだったのだけど余りに寒かったので若干厚い生地のグレーのものに替えた。
レースの主催者がコースについて説明をしてくれるのだけど余りに複雑で全く覚えられない。自動二輪限定解除の実技試験コースを覚えるくらいの複雑さだったかも知れない。覚えるのは諦めて、出来るだけ誰かに付いて行く事にした。幸いにも二週間前に一緒に走ったRさんがまた参加していたので彼と一緒に走ることが出来た。彼も参加者リストを見たときに自分を見つけてくれて「一緒に走るかな~」と思ってくれたそうだ。主催者はとっても丁寧でプリントアウトしたコースの説明と地図、それからそれを入れるジップロックの袋を用意してくれていた。感謝! 朝8時5分くらいにスタート。列に一番最後をゆっくり付いて行く事にする。主催者が『今日はみんなビショビショになるから』と言っていた通り、走り始めてすぐによけられない水溜りがあって靴が沈んだ。それ以降は注意はするもののさほど気にならなくなる。雨は降っていないけどいたるところが小川状態になっていてそれでも更に濡れる。それからコースの横には雪がちらほら残っていて、更に最初のピーク地点までくるとすっかり積もっていた。そこからまたくだりが始まるのだけどこれが雪が降り積もっている上に急坂で滑り台を駆け下りるような感じだった。
それを降りたところに唯一の補給所がある。約11キロちょっとの地点だ。この地点は帰りにも通るのでもう一度立ち寄れる。主催者にレース直前に渡した個人で用意したバッグを持って行ってもらってあるので、そこに入れておいたものを補給できる。自分のバッグにはゼリータイプのスポーツドリンクと水、それから大福餅を入れておいた。前回はもち米でつくった握飯を入れておいたのだけど、面倒だったので大福餅で代用することにした。最初に立ち寄ったときには水も十分あったので何も補給する積もりは無かったのだけど一緒に走っていたRさんがバナナを半分食べたので、残りの半分をもらった。ちなみにこの大会は参加費無料の大会なのだけど、水のみならず色々と補給食も用意していてくれてとっても有難かった。
さらに進んでいくと林道に入った。山道に比べてかなり走り易い。しばらくすると折り返し地点から戻ってきたランナーたちとすれ違う。それから40分ほどは誰ともすれ違わず不安がよぎる。更に進むと林道が終わって、舗装路に入ってしまい、更に進むと停止サインがあるT字路にぶつかってしまった。この時点でコースを間違えたのが明らかになった。もう一度コースの説明書を読んでみると『ゲートを通過してから400メートルの地点で折り返す』となっている。考えてみると確かにゲートみたいなものがあった。戻ってみるとゲートから400メートル地点に確かに『折り返し地点のマーカー』みたいなものがあった。他の場所は複雑なコースにも関わらずきちんとマーキングがしてありほとんど迷うようなことは無かったのだけど、この折り返し地点だけ、あまりにも分かり辛かった。その折り返し地点まで戻るのに軽く一時間は経ってしまったので、6キロは余分に走ってしまったことになる。レースの最後尾を走っているのでここでの1時間のロスは主催者に大きな迷惑を掛けてしまいかねない。更に39キロの地点にある補給所が閉鎖されてしまっていたら水さえも手に入らないので脱水症状などそれこそ危険な状態にすらなる。どうしたものだかとRさんと話し合いながらコースを進む。
この大会名『ドップラー』というのはそういう名前の電波塔が途中の山の頂上にあって、KCPQという放送局の電波を発信している。その地点に『立ち寄る』コースになっているので、この名前がついている。これはまさに立ち寄るという感じでいったんメインコースを外れてそのコースに入り行き止まりまで進んで、電波塔に立ち寄って引き返してくる。地図を見てみると余分に走った距離に等しい感じだ。ここを省略してしまえばロスタイムが補える。Rさんとその分岐点に着いたときに相談した。結局行き止まりまではいかないけど、電波塔のところまでは行こうということに決めた。これだと距離は余分に走ることになるけど、ドップラーには寄るのできちんと走った感じがする。いきなりきつい登り坂で大変そうだったのだけど電波塔も見えるところにあるし登ることにする。ほんの少し進んだら主催者の一人にであう。彼女は一番最後を走って、全員がきちんと安全にレースを終わるのを見届け、コース上のマーカー(リボン)を取り除いていくという仕事を担当してくれている。彼女は他の人は確認したのだけど自分たち二人を探していたそうだ。コースを外れてしまって自分たちがその地点からもう一つの折り返し地点までは行かずドップラー塔まで行く積もりである事を伝えると、その変更で問題ないということを承認してくれた。
それからはずっと彼女が一緒に走ってくれた。ドップラー塔で写真を撮って折り返す。この地点からはかなり下り坂が続く。林道なので歩いてもいられない。なんとかついていって、もう一つのループに入る。また細い山道になって、雪は残っているし避けられない水溜りはあるし、小さい凸凹の山を登ったり降りたりするのが続く。途中にスズの廃坑があった。一人で走っていたら何だか分からなかっただろうけど途中から一緒に走ってくれたDさんが教えてくれた。思ったよりも長いループだったのだけどようやくループが終わりまた林道みたいな場所に出る。ここをまっすぐ行けば補給所が待っている。途中完全に道が池状態になっていた。横を歩いたのだけどやっぱり途中一部避けられなかった。この辺になるとすっかり疲れて平坦な道にも関わらず足が進まない。何度も歩いてしまった。持参の水が底をついて「いよいよ」と思ったところで補給所にたどり着いた。約38キロ走り終えたことになる。
補給所には主催者がいてクッキーなどを用意してくれていた。水も水筒に補給してくれた。ここで自分のバッグに入れておいた大福餅を食べようかと思ったのだけど、用意してくれたクッキーが嬉しかったのでそちらのほうを余分にもらうことにする。Rさんは既にその地点に到着していて休んでいたのだけど自分たちがたどり着いてすぐに『これからゆっくり歩いてこの坂を登るから』といって出発した。補給所でもらった小さいスニッカーズというお菓子を何袋かポケットに入れて出発する。ここからは最後の登りが待っている。補給所の前ではヘトヘトだったのに補給食のおかげで元気を取り戻す。かなり急な登り坂で走ることは出来ないけど足は何とか進む。行きに通った雪の滑り台のような場所を今度は登ってようやく見晴台にたどり着いた。シアトルの街が遠方に確認出来た。
これを過ぎるとあとはほぼ下りが続いた。ここでも思ったより足が動いてレース後半にしては自分でも驚くほどスピードが出る。ただし何度か道を間違えそうになる。Dさんがいてくれなかったら遭難していたかも知れない。日が暮れる前にはたどり着けるかと思ったのだけど、最後30分ぐらいのところで日が暮れてしまいヘッドランプをつける。これは預けてあった自分のバッグに入れてあって補給所でポケットに入れていたものだ。
最後は本当に真っ暗で足元もよく見えなかったのだけど何とかゴールまでたどり着いた。Rさんがゴールしてから5分ほど経っていたそうだ。ゴールをとっても喜んでくれた。誰かが用意してくれたクッキーをもらったのだけど甘過ぎず絶妙な味だった。
上着を着替えて、帰路に着いた。フェリーでシアトルまで帰ろうかとも思ったのだけどちょうど良い時間に出発するフェリーが無かったので行きと同じく自動車のままで遠回りして帰ることにする。いつも混んでいるタコマのあたりもすいていて、思ったよりだいぶはやく家に戻れた。
2005/1/21 ゲストブックこの記事をゲストブックとさせていただきます。ご自由に書き込みしていただけたら嬉しいです。 コメントがありましたら takaos@microsoft.com にメールを送っていただいても結構です。ただし必ずしもすべてのメールに返信出来るとは限りませんのでご了承ください。
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